鳥取地方裁判所 昭和46年(ワ)101号 判決 1976年2月28日
原告 日比数枝
<ほか三名>
右原告ら四名訴訟代理人弁護士 花房多喜雄
被告 中国電力株式会社
右代表者代表取締役 山根寛作
右訴訟代理人弁護士 山下勉一
主文
一 被告は、原告日比数枝に対し金三四八万九八一九円、原告日比純一、同日比久仁子に対し各金三二三万三九九六円、原告竹中はるに対し金五〇万円、及び右各金員につきそれぞれ昭和四五年七月二四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告数枝、同純一、同久仁子のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、
原告数枝と被告間に生じた分はこれを五分し、その一を同原告の負担とし、その四を被告の負担とする。
原告純一、同久仁子、同はると被告間に生じた分は、いずれも被告の負担とする。
四 この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
但し、被告が、原告数枝・同純一・同久仁子に対し各金二〇〇万円、原告はるに対し金三〇万円、の各担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告日比数枝に対し金四二三万四〇〇五円、原告日比純一・同日比久仁子に対し各金三二三万四〇〇五円、原告竹中はるに対し金五〇万円、及び右各金員につきそれぞれ昭和四五年七月二四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、
被告訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二当事者の主張並びに答弁
(請求原因)
一 事故の発生
1 原告数枝の夫で、原告純一・同久仁子の父である日比正己(原告はるの二男)は、鳥取市片原二丁目一〇七番地所在訴外鳥取通信工業株式会社(以下「訴外会社」という)の電工として勤務していたものである。
2 昭和四五年七月二三日午前八時二〇分頃から鳥取県東伯郡東郷町松崎地内において、訴外会社請負にかかる加入者新増設設電話線架設工事(以下「本件架線工事」という)に従事し、同地区県道上の日本電信電話公社(以下「訴外公社」という)舎人幹線八号ないし一〇号電柱(別紙図面記載)間に電話ケーブルを延伸するため、右八号柱に登り、安全バンド及び命綱を電話用ケーブル吊線(メッセンジャーワイヤー。以下「本件吊線」という)に取付け、宙乗器に乗り釣車を操作しつつ高所作業を行っていたところ、被告が右電柱一〇号・九号間に架設使用している送電用三相二〇〇ボルト動力線(以下「本件動力線」という)の中線が、右一〇号ないし八号柱間に張ってある支線(別紙図面左一〇号柱から右八号柱に斜めに張られた支線。〔以下「本件支線」という〕)に接触しており、同日午前八時四〇分頃、右支線に流入した電流が本件架線工事中の右正己の身体に流れ(感電し)、これにより右正己は即死した(以下「本件事故」という)。
二 被告の責任
1 前記事故は、本件動力線及び支線の占有者である被告の維持・管理の瑕疵(民法第七一七条)により生じたものである。すなわち、
(一) 被告は、本件動力線の架設について訴外公社の電柱を利用しているものであるが、送電線の架設については事前に訴外公社中国電気通信局に申出てその承諾を受くべき協定があるに拘らず、被告は右規定に反し昭和四一年九月頃上記一〇号電柱より九号電柱間に無断で本件動力線を架設使用し、右電柱保持のため設置した支線の電流絶縁装置(玉碍子)は位置不適当のため、電流切断の効用を発揮し得ない状態にあったのに、これを放置していたものである(もし、被告が本件動力線を架設した時点において、右玉碍子を絶縁体としての効用をなす場所に設置しておれば、たとえ右支線が本件動力線と接触し、右支線に電流が流入することがあるとしても、玉碍子により支線の電流は切断され、本件事故は発生しなかった筈である)。
(二) 被告が、上記の九号、一〇号電柱間に本件動力線を架設するについて、正式に訴外公社の承認を受けておれば、本件支線はその必要がなく、被告より訴外公社に右支線の撤去申告をなすべきものであり、これにより公社は不用となる右支線を撤去していた筈である。
しかるに、被告は本件動力線の無断架設を行ったため、訴外公社に支線撤去の申告をせず放置したことが本件事故発生の重大なる原因であり、この点においても、被告に工作物(本件動力線及び支線)の設置・保存・管理につき、占有者としての義務懈怠がある。
(三) 本件動力線は、本件事故当時弛緩していたにも拘らず、被告はこれを改善せず放置していたため、本件支線に巻きつくような形で接触し、これがため右動力線より支線に流入した電力により本件事故が発生したもので、この点においても被告には工作物占有者としての保存・管理上の瑕疵があったものである。
2 さらに、被告には民法第七一五条所定の使用者責任がある。すなわち、
本件事故当日、被告は前記松崎地内で送電線附属工事を行うため、午前八時四〇分頃同地区の停電作業を行ったものであるが、送電用スイッチを切っても即刻電流は完全に消除されず、前記一〇号電柱より九号電柱間の最上部に架設してある六、六〇〇ボルトの高圧線とその下側に架設された二〇〇ボルト及び一〇〇ボルトの電力線との残留電流(停電作業の場合、スイッチを切ったとき、瞬間的に電路に残る残電荷〔電流と電圧〕及び共架線より誘導された電流並びにトランス二次側等よりの電流)が合流して流れており、これが完全に消除されなければ危険があること、並びに、前記の日比正己が本件架線工事を行っていることを被告の従業員は道路を往来して知悉していたに拘らず、スイッチを切ると同時に行うべきアース線による電流消去措置(即時残電流をアース線に流す接地短絡の方法)をせず、右支線に流入した電流により本件事故が惹起されたものであり、被告の停電作業に従事していた従業員が事故を未然に防止すべき業務上の注意義務を怠ったもので、右は被告の従業員の過失であり、被告には民法第七一五条の使用者責任がある。
三 損害
1 亡正己分
(一) 逸失利益
亡正己は、訴外会社に電工として勤務し、本件事故前同会社より月額平均四万七八四六円(給料と賞与の月割合計額)を得ていたものであるところ、生活費として右収入の二分の一を要したのでこれを控除すると月額金二万三九二三円、年額金二八万七〇七六円となる。
そして、右正己は死亡当時三七才の健康な男子であったので、本件事故がなかったら少くともなお二六年間稼動し得たので、その中間利息(年五分)を控除するため年別ホフマン式計算法による係数一六・三七九を乗ずると金四七〇万二〇一七円となる。
(二) 慰藉料
亡正己が被った精神的苦痛を慰藉するには金二〇〇万円が相当である。
2 原告ら分
(一) 原告数枝は、本件事故により生涯を共にすべき夫を失い、幼児二人をかかえ、その日の生活にも事欠く窮状に陥り、悲歎の日々を送らざるを得なくなり、その被った精神上の苦痛は筆舌に尽し難いものがある。右の精神的苦痛を慰藉するには金二〇〇万円が相当である。
(二) 原告純一及び同久仁子は、幼くして父を失い、原告はるは、右正己の母として、いずれも精神上甚大なる苦痛を被った。右の精神的苦痛を慰藉するには、原告純一、同久仁子につき各金一〇〇万円、原告はるにつき金五〇万円が相当である。
3 相続
亡正己の被った損害計金六七〇万二〇一七円について、原告数枝は妻として、原告純一、同久仁子は子として、それぞれ三分の一の金二二三万四〇〇五円(円未満切捨て)ずつ相続した。
四 よって、被告に対し、原告数枝は金四二三万四〇〇五円、原告純一、同久仁子は各金三二三万四〇〇五円、原告はるは金五〇万円、及び右各金員につきそれぞれ昭和四五年七月二四日(本件事故発生の翌日)以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告の答弁並びに主張)
一 答弁
1 請求原因第一項の1記載の事実は認める。
2 同2記載の事実のうち、原告ら主張の日時・場所で本件事故(但し、「死亡原因が感電による」との点を除く)が発生したことは認める。その余の点は争う。
3 同第二項記載の事実はいずれも否認する。但し、「被告は本件動力線の架設について訴外公社の電柱を利用していること」及び「被告と訴外公社間に送電線の架設について、事前に訴外公社の承諾を受くべき協定があること」、はいずれも認める。
4 その余の請求原因事実はすべて争う。
5 主張(積極否認)
(一) 本件事故について、被告に責任はない。
原告らが、本件事故の発生原因として主張するところは、本件支線に電流が流入したことを前提とするものであるが、そのようなことは絶対にない。
本件支線が接触していたのは本件動力線の接地線である。したがって、電流が右支線に流入する筈がないのである。仮に右動力線と支線が接触したため、右支線に電流が流入していたとすれば、日比が感電した瞬間安全器のヒューズが飛び、その附近一帯の動力線は停電する筈である。しかるにかかる状況は発生していない。このことからも、本件支線に電流が流入していなかったことは明らかである。
(二) 本件事故については、訴外公社及び訴外会社が責任を負うべきである。
(1) 訴外公社の責任
(イ) 本件支線(玉碍子を含む)は、被告が訴外公社に対し前記九号柱ないし一四号柱間に電燈低圧線の共架申込みをした際、右公社で設計施工したものである。
したがって、訴外公社は本件支線の所有者及びその占有者として、右支線の維持・管理につき責任を負うべきものである。
(ロ) 本件動力線の管理者である被告は、右動力線を「通常予想される危険性」に備えて維持・管理すれば足り、電話線の工事人の工事中の事故まで考慮に入れてこれを管理する義務はない。むしろ、電話工事に対する工作物の危険性の有無の注意義務は、本件支線の管理者であり、かつ、本件架線工事の注文者である訴外公社にある、というべきである。
(2) 訴外会社の責任
(イ) 亡正己は、その心臓が四二〇グラムと重い肥大症であり、健康障害者であったにも拘らず、訴外会社は右正己を本件架線工事の如き重労働(高所作業は種々の危険を伴う作業である)に就労させ、かつ、右架線工事においては、班長である土師靖正は本件事故が発生するまで現場に居なかったうえ、右正己が命綱を完全に装着していなかったこと、これを現場に居た同僚も何ら注意していないこと等の事実から、訴外会社の安全に対する配慮が欠けていたことは明らかであり、このようなことが本件事故の原因となったものである。
(ロ) 本件架線工事は、被告の配電線が共架してある電柱での作業であるから、当然感電の危険が予想されるものである。
もともと、本件支線の玉碍子は、右支線が断線したとき、支線下の道路等を歩いている一般通行人を感電から保護するために支線の中途に取付けるものであり、柱上での作業員の安全を確保するためのものではない。
このことは、電気事業法第四八条に基づいて公布された通商産業省令「電気設備の技術基準」第六九条二項で、支線に玉碍子を挿入する場合につき、「低圧又は高圧の架空電線路の支持物に施設する支線で、電線と接触する慮れがあるものには、その上部に碍子を挿入しなければならない。但し、低圧架空電線路の支持物に施設する支線を水田その他の湿地以外の場所に施設する場合はこの限りでない」と規制されていることからも明らかである。
したがって、この省令の趣旨に基づき、被告では内規「支線の工事基準」第一節第四項で、「玉碍子の取付位置は、支線断線の場合においても、地表上三メートル以上で、かつ、充電部より下位になる位置とする」と定め実施しているものである。
右のことからも判るように、配電線が共架してある電柱での作業は、専門の電気知識をもった者が、防護具によって自らの安全を守るとか、指揮者が居て安全上のチェックを行う等の措置をとった上で行うべきである。
しかるに訴外会社は、本件架線工事に当り右の措置を何らとらなかったもので、本件事故につき、訴外会社が責任を負うべきであることは明らかである。
二 抗弁
1 仮に本件事故が感電によるものであるとしても、その電圧は極めて弱く、僅かに二ボルト程度のものである。このような微弱な電圧では死の結果を招くことはあり得ないのである。
ところが前記正己は、その心臓が四二〇グラムという重症な肥大症であり、他に肝臓障害をも併発していたのであるから、到底高所において宙乗器に乗り、架線工事をなし得る状態ではなかった。
したがって、本件事故は被害者正己の右の健康状態(特別事情)に基因するものであり、右は、被告において予見し又は予見し得べかりしものでもないから、被告に責任はない(民法第四一六条第二項)。
2 本件支線は、電柱(第一〇号柱)の傾斜又は倒壊を防ぐため電柱に固定されていたもので、電柱と一体をなす工作物である。そして、前記八号ないし一〇号柱は、訴外公社の所有で、かつ、被告と共同占有しているものである。したがって、訴外公社も責任を負うべきものであり、被告のみが責任を問われる筋合いはない。
ところで、右両者の責任は連帯債務ではないから、その負担割合は平等である(民法第四二七条)。したがって、被告の負担すべき額は二分の一である。
3 仮に、被告に損害賠償義務があるとしても、被害者には次の過失があるので、賠償額の算定に当り斟酌せらるべきである。
(一) 電気工事はその性質上危険を伴い易いものであるから、何人と雖も工事着手前に電線の状況その他に注意を払い、その安全を確認して工事に着手すべきである。
本件事故現場にあっては、本件動力線の中線に本件支線が接触していたのであり、その状況は地上から注意して見ればわかるのであるから、工事着手前接触部分を分離せしめるとか、その他適宜の方法を構じ安全を確認して後工事に着手すべきである。
しかるに正己は、右の確認を怠り、漫然と工事に着手したもので、過失があるといわなければならない。
(二) 次に、亡正己が感電したとすれば、それは同人が本件吊線と本件支線との間に進入し、右両線に体を挾まれたためである。したがって、正己としては、宙乗器を南向きとし、背を北に向けて作業をすれば、右支線に接触することなく、感電は避けられたのである。
しかるに、右の注意を払わなかった正己は、電気通信工事従事者として払うべき注意を欠いた過失がある、というべきである。
(三) 本件の如き高所作業をするときは、命綱を完全に巻き付けてするのが常識である。しかるに右正己はこれをせず、仮に巻いていたとしても不十分であったため約六メートルの高所より墜落し、その衝撃により死亡した(前記のとおり心肥大症であった)もので、この点でも右正己に過失がある。
4 不法行為によって死亡した者の遺族が、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という)に基づく遺族補償年金を受給する場合には、衡平の原則に照らし、その遺族補償年金額の現価額を、その者が相続した死亡者の得べかりし利益の喪失による損害の賠償請求権の額から控除するのが相当である。
ところで本件の場合、原告数枝が夫正己の死亡により受給し得べき遺族補償年金は、年額金一六万六五四〇円であり、同原告の平均余命は三四・〇五年(本件訴訟提起時を基準とする)であるから、その受給し得べき年金の総額は金五六六万二三六〇円となり、右訴訟提起時における現価は金二〇九万五〇七三円となる。
したがって、原告数枝が相続した亡正己の得べかりし利益の喪失による損害の賠償請求権の額は、金四七〇万二〇一七円の三分の一の金一五六万七三三九円であるから、右全額をてん補してなお余りあるもので、同原告の本訴請求は右の限度で失当である。
(被告の主張に対する原告らの答弁並びに反論)
一 被告主張の抗弁に対する答弁
被告主張の抗弁はいずれも争う。
1 まず抗弁1について
(一) 亡正己の心臓の重さが四二〇グラムであったことは認める。しかし、右正己は昭和三九年春訴外光和建設株式会社に臨時工として就職し、訴外公社及び電話局において電柱の建て方、電線の張り方、電線の繰出し方法、電話器の取付等の講習を受けた上、昭和四一年訴外会社に見習社員として入社し、翌昭和四二年三月社員となり、訴外会社の電工として架線工事等高所作業に従事し稼働して来たもので、その間毎年なされて来た定期健康診断においても、常に健康に異状なしとの診断を受けていたものであり、病気で欠勤したことは嘗てなかったのである。
したがって、医学的には心肥大であったとしても、常識的には普通の健康状態であったのである。
(二) ところで、民法第四一六条第二項にいう「特別事情による損害」とは、債務不履行を原因とし通常生ずべき損害の外、特別の事情により生じた損害であって、しかも当事者がその事情を予見し、又は予見し得る場合の責任規定であり、これを不法行為により生じた損害賠償責任に準用することは妥当でなく、債務不履行が他面不法行為を構成するような場合は格別、本件の如き場合においては、被告の右主張は理論の混同であり失当である。
亡正己が感電したときの電圧が二ボルト程度であった旨の被告の主張は否認する。
右正己は、本件支線に流入した電流に感電し(このことは、本件動力線と本件支線とが接触し、「ショート」した痕跡(スパークした痕跡)が右支線に生じていたことが明認せられたことから明瞭である)、ショック死したことは明らかである以上、被告のこの点の主張は理由がない。
2 抗弁2について
本件支線は、昭和四一年二月九日付被告から訴外公社に提出した改造申込みにより設置したものである。
右支線設置当時、電燈線と右支線とは交差状況で張られていたが、玉碍子は電燈線より下部に附設せられていたので、電流遮断の機能は発揮されていたのである。ところが、昭和四一年九月頃被告が訴外公社に無断で二〇〇ボルト動力線(本件動力線)三線を架線した際、既に設置されていた本件支線にその中線が交差接触し、かつ、右接触点が右支線の玉碍子より下方になるよう架線工事をしたものである。被告としては、当然右玉碍子を右接触点より下方に下げて、位置変更をなすべきであり、そうしておけば、右動力線より本件支線に流入する電流があっても、玉碍子が機能して電流は遮断せられ、感電事故は防止し得た筈である。(なお、玉碍子は絶縁体として電気事業法第四八条及び第六九条の二本文の立法趣旨に鑑み〔一般社会のすべての人畜を保護する必要から玉碍子附設の規定が設けられているのである〕、訴外公社は電気事業施行者としての善管義務に則り、安全施設として右支線の二ヶ所に玉碍子を附設したものであり、その後、被告が本件動力線を無断架設したことにより、本件支線の右玉碍子の附設位置が絶縁体の効用を発揮し得ない状態になったのに拘らず、被告はこれを放置して来たものである)。
右のとおりで、本件支線は、被告の昭和四一年二月九日付申請に基づき、被告の送電線強張の目的をもって被告より設置工費を徴収して訴外公社が設置したもので、訴外公社の事業遂行上の必要によるものではない。したがって、訴外公社は民法第七一七条第一項の工作物占有者には該らず、被告の利用している該工作物の瑕疵により発生したもので、被告の維持・管理義務懈怠に基因すること明らかであり、原告らに対しその被った損害を賠償する義務を負うべきである。
3 次に抗弁3について
(一) 前記八号ないし一〇号柱間には、別紙図面記載のとおり高圧線三線、二〇〇ボルト線三線(本件動力線。但し、八号柱を除く)、電燈線三線が張ってあり、そして、そのうち本件動力線三線のうち中線が本件支線と右一〇号柱近くで接触していたものである。
亡正己は、右八号柱に登り、宙乗器に乗り釣車を操作しつつ既設の本件吊線に電話線ケーブルを吊す準備作業を開始し、右八号柱より約八メートル九号柱側に進んだ地点で突然感電し急死したもので、右正己が登った八号柱から前記接触点(右一〇号柱近くで約七〇メートルの距離がある)を望見することは困難であり、かつ、本来本件支線には電流が流れていないのが常態である。したがって、工事中右支線に触れても危険はないものと判断することは普通であり、右正己には被告の主張する如き安全不確認の過失はない。
(二) 被告は、「右正己が本件吊線と本件支線との間に進入したため、右両線に体を挾まれ、右支線の電流が正己の身体を通り本件吊線に流れたもので、宙乗器を南向きとし、背を北に向けて作業すれば感電することはなかった。」旨主張するが、本件吊線と本件支線との間隔は約三〇センチメートルあり、また、右正己は右利きであるから、宙乗器に乗って東進するには右手で右吊線を強く引きつつ前進架線する必要があり、したがって、宙乗器を北向きとして作業することは一般通常の作業方法である(なお、一旦上空に出た場合、宙乗器の方向を転換することはできない)。したがって、右正己の行為について過失と目すべき点はない。
(三) 右正己は、本件事故当時、平常どおりヘルメット帽を被り、安全帯及び命綱を着装していたものである。そして、架線作業を始めて間もなく、突然下にいた訴外岡本に対し「痛いわいや痛いわいや、電気が来る。その線を押えてくれ。」と叫んだ直後、感電のため全知覚を失い宙乗器に乗ったままの姿勢で急死し、その死体は足からずるずると落下したものであり、被告の主張するように落下してその衝撃により死亡したものではない。
4 抗弁4について
原告数枝が、昭和四六年二月一二日より昭和四九年一一月一二日までの間に政府から労災保険金計金七四万四一七七円の給付を受けたことは認める。
ところで、保険金受給権者が政府から保険給付を受ければ、その限度において加害者に対する損害賠償請求権が国に移転するが、国が加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するのは現実に保険金を給付して労働者又は遺族に対する損害をてん補した場合に限り、たとえ将来に亘り継続して定期的に保険金の給付が確定していても、現実の保険給付と看做すことはできないから、国は賠償請求権を取得するものではなく、したがって、保険受給権者の加害者に対する賠償請求権が消滅するものではない。それ故、将来の保険給付額を損害額より控除すべき根拠はない。
いずれにしても、被告主張の、原告数枝の生存中(三四・〇五年)の年金総計の現価をもって、同原告の相続した亡正己の逸失利益と損益計算をなすべきである、との点は失当である。
第三証拠≪省略≫
理由
一 原告ら主張の請求原因第一項の1記載の事実は当事者間に争いがない。
二 まず、日比正己の死亡原因について判断する。
1 ≪証拠省略≫ を綜合すると、
(一) 正己は、昭和四五年七月二三日午前八時過頃、別紙図面記載の八号柱附近から本件吊線に上り、本件架線工事をするため右吊線にかけた宙乗器に腰をかけ、右同九号柱に向けてロープを張る作業に着手した。そして、右八号柱から約八メートル九号柱側に進んだとき、正己の重みで吊線が若干沈み、腰のあたりに本件支線が当り、右吊線が胸のあたりにあり、両線に挾まれた形になったとき、突然、下に居た同僚の岡本昇に対し、「あいた、あいた、おい電気が来るわいや。早うあの線押えてくれ。」と叫んだ。これを聞いた右岡本は、慌てて九号柱の近くにあった梯子を持って来て、右正己の近くの湖月旅館に配線された電話線を押えたが、そのとき既に右正己は顔面蒼白となり、崩れるように足からずり落ちた(恰かも鉄棒にぶら下った形で両手を上にしてずるずると落ち、その際アクビ様の呼吸〔終末呼吸〕をした)こと、
(二) そこで、直ちに近くの医師土井学の来診を求め診察を受けたところ、正己は既に生体反応(脈搏、呼吸及び瞳孔の対光反応等)がなかったが、一応蘇生術として強心剤を直接心臓に注射し、次で救急車で倉吉市の鳥取県立厚生病院に収容し、祝部紀穂医師によりさらに蘇生術(人工呼吸、心臓マッサージ等)がなされたが、蘇生しなかったこと、
(三) そして、翌二四日鳥取大学医学部法医学教室において何川凉教授により解剖がなされたところ、正己の身体には殆んど外傷はなく(胸部に軽い骨折があったが、これは前記の人工呼吸の際生じたものと認められた)、急死(心臓断裂による)で感電死を否定する資料は全くなかったこと、
(四) もともと本件支線は、別紙図面「×」印附近で本件動力線の中線と常時接触しており(右両線とも被覆されておらず裸線で、接触痕が明白に認められた)、そして、右中線には、通常強い電圧はかかっていないが(翌二四日の測定では二ボルト程度であった)、電流は流れており、端末利用者の電気器具の不良(絶縁不良等)、スイッチの接断、あるいは被告会社の停電操作等の場合に、強い電流が流れることがあること、
(五) 本件支線に設置された玉碍子の位置が、別紙図面記載のとおり、本件動力線(中線)との接触点より上部にあって絶縁機能を有しないため、右支線を経由する回路が形成されると、そのまま前記の強い電流が右動力線から本件支線に流れることとなり、本件の場合、右支線から正己の身体を通り、本件吊線(この吊線には一定間隔でアース設備がなされている)に回路が形成されたものであること、
以上の事実が認められる。≪証拠省略≫中右認定に反する部分は前掲証拠に照らし措信できず、また、≪証拠省略≫には、右認定とは異なる記載があるが、右は≪証拠省略≫に徴し、本件事故の翌日(前記二四日)の本件動力線(中線)の測定値(電圧二ないし二・五ボルト程度)を前提とする判断であり、また、≪証拠省略≫にも、右認定と異なる結論が記載されているが、右は、被告訴訟代理人から「(一)胸―背中の人体抵抗値はいかほどか。(二)二・五ボルトの電圧をかけたときに、どれほどの割合で人間が感知するか。」との調査分析依頼によりなされたものであり、いずれも、その前提とされた二・五ボルト程度(この程度では、人は通常感知し得ないものである)の電圧そのものが、本件事故当時正己が感電した電流の強さとは関係がないので(同一である証拠は全くない)、右認定に影響を及ぼす筋合いのものではない。
2 以上のとおりで、正己の死因は感電によるものである、と認めるの外はない。
三 そこで被告の責任について判断する。
1 被告が、訴外公社所有の電柱を利用して本件動力線を架設していること、及び被告と訴外公社間に、被告が右のように訴外公社所有の電柱に電線を架設するときは、事前に訴外公社の承諾を受くべき協定がなされていること、は当事者間に争いがない。
2 ≪証拠省略≫を綜合すると、
(一) 前記一〇号柱を中心に見ると、最上位に六、六〇〇ボルト高圧線、次に本件動力線、その下に一〇〇ボルト電燈線、最下位に電話線がそれぞれ架設され、右のうち電話線は、右電柱と共に訴外公社の所有であり、その他の電線はいずれも被告の所有であり、同公社の承認を得て架設されたものである。ところで、右動力線については、一一号柱側(別紙図面一〇号柱より左側)から右一〇号柱までの架設につき、右公社の承認がなされたものであるところ、右一〇号柱までこれを架設した場合、同電柱は右一一号柱側に引張られ、傾く虞れがあるため、被告の負担で訴外公社が本件支線を設置し、玉碍子も別紙図面記載の位置に挿入されたもので、右支線は、被告の本件動力線架設のため設けられ、その使用占有権限は被告にあること、
(二) その後、被告は訴外公社に無断で本件動力線を別紙図面記載の一〇号柱から九号柱まで延長架設し、その際、右動力線の中線が本件支線と別紙図面×印附近で常時接触する状態となったのに拘らず離隔する方法を構ぜず、さらに、右接触点が絶縁体である玉碍子より下位となることとなったのに拘らず(前記のとおり両線とも裸線で被覆されていないので、右接触点から右支線の下部の玉碍子〔別紙図面記載〕までの間において、右支線と接続する回路が形成されると、右動力線(中線)からの電流に当然感電することとなる)、右玉碍子の位置を右接触点より下位に変更することなく放置して来たこと、
以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫
3 右認定事実からすると、被告は、本件動力線及び本件支線の占有者として、民法第七一七条により(訴外公社並びに訴外会社の責任の有無を論ずるまでもなく)、正己の死亡により生じた損害を賠償する責任がある、といわなければならない。
四 よって原告ら主張の損害について判断する。
1 亡正己と原告らの身分関係が、原告ら主張のとおりであることについては当事者間に争いがない。
2 ≪証拠省略≫を綜合すると、
(一) 亡正己は、本件事故当時三七才で、訴外会社に電工として勤務し、賞与を含む給与受給額は平均一ヶ月金四万七八四六円(但し、右の証拠によると、金五万円を若干上廻る金額となるが、原告ら主張の数額によることとする)を下らない金額で、年額金五七万四一五二円を得ていたこと、
(二) 原告数枝は、右正己と昭和三六年三月一一日結婚し、その間に長男純一、長女久仁子の二人の子女をもうけ、養育して来たものであり、原告純一(中学生)、同久仁子(小学生)は、いまだ義務教育就学中に父を失い、また、原告竹中はるは右正己の母として、それぞれ正己の死亡により甚大な精神的苦痛を被ったこと、
(三) 原告数枝は、正己と共に田約二、〇〇〇平方メートル(他に宅地の一部約一〇〇平方メートルに野菜を栽培)を所有耕作して来た外、昭和四五年三月頃から訴外三上電気に女工として勤務し、右正己の死亡後は、教育扶助等を受けながら原告純一、同久仁子の監護・教育に努めていること、
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3 右認定事実からすると、
(一) 亡正己の逸失利益としては、右認定の金五七万四一五二円から生活費として年間金二八万七〇七六円(右月収の二分の一。なお、米・野菜等自給分も考慮)を要したものと認めるのが相当であるから、これを控除した金二八万七〇七六円について、亡正己の稼働年数は六三才までなお二六年あると認められるので、この間の年五分の割合による中間利息を控除するためホフマン式計算法による係数一六・三七八九を乗ずると、右正己の逸失利益は金四七〇万一九八九円(円未満切捨て)となる。
(二) 慰藉料については、さらに諸般の事情を考慮し、亡正己につき金二〇〇万円、原告数枝につき金二〇〇万円、原告純一、同久仁子につき各金一〇〇万円、原告竹中はるにつき金五〇万円、をもって相当と認める。
4 ところで、亡正己の損害計金六七〇万一九八九円については、原告数枝、同純一、同久仁子が各三分の一の金二二三万三九九六円(円未満切捨て)ずつ相続したものであるから、それぞれこれを加えると、原告数枝分金四二三万三九九六円、原告純一、同久仁子分各金三二三万三九九六円となる。
五 すすんで、被告主張の抗弁について順次判断する。
1 まず抗弁1について
被告の右主張は、亡正己の感電した電圧が二ボルト程度であったことを前提とするものであるところ、右の前提そのものについてこれを認め得る証拠はないので(却って、前記認定のとおり、強い電流が流れたことが認められる)、その余の点について判断するまでもなく被告の右主張は採るを得ない。
(なお、前掲甲第七号証の一ないし一一〔鳥取大学医学部教授何川凉作成の鑑定書〕中、亡正己について、生前の健康状態、特に疾病または体質異常の有無如何につき、「心臓肥大と肝臓の機能異常がある。体質異常はない。」旨の記載があり、これと、証人何川凉の証言を綜合すると、亡正己には相当顕著な心臓肥大と、労働には差支えない程度の肝変性があったことが認められるところ、右の肝変性の点は労働には差支えない程度ということからこれを措き、心臓肥大の点については、身長の二倍を一応基準として、解剖時測定した右正己の心臓の重さは四二〇グラムで、その身長一六四センチメートルの二倍を大きく超えることを理由とするものである。
しかしながら、右の基準が如何なる根拠により又どの程度の蓋然性をもつものであるか〔たとえば、どの程度の測定例から帰納された結論であるか〕について、なお明らかでなく〔亡正己の心臓の重さ四二〇グラムは、血液を完全に除去した重さである以上、解剖しない限り正確な重さを測定し得ず、そして、かかる測定は、極めて多数の人について行うことは当然なし得ることではないうえ<このことは、厳密な帰納的論証が不可能であることを実証するものである>、右何川証言からも明らかであるように、人の心臓は、運動量等必要に応じ相当程度肥大するものであることを考え合せるとなおさらである〕、さらに、≪証拠省略≫を綜合すると、亡正己は、昭和四一年五月頃訴外会社に従業員(電工)として採用されて以来、毎年定期に健康診断を受け、常に「異常がない」旨の診断で、欠勤することもなく、異常を訴えることもなく、電工として高所の架線作業に従事して来たものであることが認められ〔この点については他に右認定に反する証拠はない〕、これらを綜合して判断すると、亡正己は、心臓肥大であったことは認められるが、一般の労働者として普通の健康状態であった、と認めるのが相当である)。
2 次に抗弁2について
被告は、本件事故について訴外公社にも責任があり、したがって、被告に損害賠償義務があるとしても、その責任は二分の一である、旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、本件支線は、被告の使用・占有する本件動力線が前記一一号柱から一〇号柱まで架線されることを前提に、右一〇号柱が一一号柱側に引張られ傾斜する虞れがあり、これを防止するため被告の申請により設置されたもので、その占有・使用の権限は被告にあると認められるので、訴外公社の責任の有無を論ずるまでもなく民法第七一七条により被告が右動力線及び支線の占有者として責任を負うべきものである。したがって、被告の右主張も採るを得ない。
3 抗弁3について
被告は、「亡正己には、(一)安全確認義務を怠った。(二)作業の仕方が適切でなかった(本件支線に接触しない方法をとらなかった)。(三)命綱を完全に装着していなかったから墜落死亡した。等の点で過失がある。」旨主張するところ、
右(一)及び(二)の点については、≪証拠省略≫を綜合すると、「(一)もともと電線の架線において、その電線(本件の場合本件動力線)が他の線(本件の場合本件支線)に接触していること自体、通常あり得べきものでないことから、接触しているかどうか疑って見ることなど、一般に期待できないものであること。(二)本件動力線(中線)と本件支線とが接触していたことは、その接触点が高所であり、他の電線も多く、非常にわかりにくく、右動力線を架線した被告の現場管理者でも、本件事故後はじめて知った状況であること。(三)正己が本件架線工事に着手したところは、右接触点から七〇メートル以上離れていること。」が認められ(他に右認定に反する証拠はない)、したがって、感電の危険を意識しないで通常の工事方法により本件架線工事に着手した右正己に、被告主張の右の過失は認め得ず、被告の右各主張は採るを得ない。
また、右(三)の点については、前記認定のとおり、正己は感電により死亡したもので、墜落により死亡したものではない。したがって、右正己の死亡と、命綱の装着が完全であったかどうかとは関係がないので、被告のこの点の主張も亦採るを得ない。
4 抗弁4について
(一) 原告数枝が、夫正己の死亡により労災保険法による遺族補償年金七四万四一七七円の給付を受けたことは同原告の自認するところである。
(二) ところで、労災保険法による遺族補償年金の支給については、労働者の死亡当時その収入によって生計を維持していた配偶者・子・父母・孫・祖父母及び兄弟姉妹で、配偶者以外の遺族については、一定の年令あるいは廃疾状態にあることが受給要件とされており、受給資格者は右の順序によることとされているのである(同法第一六条の二)。
そして、災害事由が第三者の行為によって生じた場合、右年金の支給は、損害の二重てん補を避けるため、遺族補償年金の給付が先に行われたときは、これと同一事由による損害賠償請求権を政府が代位取得し、右第三者に対し求償を行い得るものとされているところ(同法第一二条の四、〔改正前第二〇条〕)、政府が加害者に対する右の損害賠償請求権を代位取得するのは現実に補償年金を給付して遺族に対し損害をてん補した場合に限り、たとえ将来に亘り継続して定期的に右年金の給付が確定していても、現実の年金給付と看做すことはできないから、政府は賠償請求権を代位取得するものではなく、したがって、右年金受給権者の加害者に対する損害賠償請求権が消滅するものではない。それ故、将来の年金給付額を損害額から控除すべきものではない、と解する。
(三) 右のとおりで、被告のこの点の主張は、原告数枝が給付を受けた前記の金七四万四一七七円について、これを同原告の損害額から控除すべきであるとの限度において正当として採るべきであるが、その余は理由がないというの外はない。
(四) したがって、原告数枝の損害額は、前記の金四二三万三九九六円から右の金七四万四一七七円を控除し、金三四八万九八一九円となる。
六 以上の次第で、被告は、原告数枝に対し金三四八万九八一九円、原告純一、同久仁子に対し各金三二三万三九九六円、原告はるに対し金五〇万円及び右各金員につき、それぞれ昭和四五年七月二四日(本件事故発生の翌日)以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべく、したがって、原告らの本訴請求は右の限度で正当として認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却を免れない。
よって、民訴法第九二条、第九三条、第八九条、第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢代利則)
<以下省略>